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12/31/2014

私的 wagplaty history 10

'97の春頃にはBASEを立ち上げようとしていたTCO兄の
粋な計らいで
アメリカでのライヴの話が来た
この時期も面白い誘いが増えている
だからやっかみで影で無い事ばかりを
吹いて廻られる様にもなった
誰かは判っている

バークレーのギルマンストリート
サンフランシスコのカメレオン
の二日間
憧れの土地でライヴが殺れるのは
バンドマン冥利に尽きる

それに合わせて
今で言うCDRのシングルを造った
今度は知り合いのツテで
CDRを焼くマシンを借りられた

レコーディングは西荻リンキーディンクstの地下の
一番でかいstに機材を持ち込み
4trのカセットレコーディング

この時期から
トラック数の多いレコーディングを理解するには
4trから把握しなきゃ進めないと想っていたので
丁度Eタイミングだった

4曲録って
少ないトラック数を埋めるべく
トラックダウンしながら
音をリアルタイムで足したり
色々アイディアをつぎ込んだ

ここから二年くらいは確か4trで
録ったはず
その経験と概念が今に役立っている

目的があって
其処に向かう為に
色んな作業をする
その経験がまた
バンドサウンドを固めていく

その事を凄く意識し始めた

話は少し前後するが
この二、三年くらい前から
狂都のバンドとの繋がりが密接になっていく
きっかけはN兄

バンドに対しての偏愛ぶりを
廻りに引かれていた自身は
狂都の人間達と出会って
これで良かったんだと確信する

其処には当たり前の様に
バンドに対しての偏愛家が
沢山居たからだ

身を削って笑いに変える術も
この人間達を観て育った

色んな考え方が
音に対しての解釈を変えていく
起こした行動が
それを現実にして結果が少なからず自信になるし
問題点も(目的)も浮き彫りにする

少しづつ現実と問題点のギャップを
埋めなければと必死だった
しかし バンド内の温度差は
ますます ひらいていく事になる rk2



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