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07/23/2013

早稲田~羽生~新大久保~高田馬場

ちょっと前だけど
久々にライヴに顔を出す
休みが多い職場で
中々稼げない為
殆どライヴに行けなかったので
非常に楽しみだった
観たかったバンドが
まとめて観れたしね

コード
リキッドスクリーン
ノー
ファイヤースターター
アイフィッツ

皆 確かな音があって
もう失敗がどうこうって
レヴェルではないね
非常に楽し過ぎた
どのバンドも熱くカッチョEがった

当バンドも早くライヴが殺りたいとこだが
時の流れがちょっとだけ(大分 ?)
オイラをじらしてるからね 笑
ゆっくり殺りますよ

LSカオルに頂いたブツが
物凄くて舌を巻いた
やっぱ 滋賀県人
琵琶湖の水には何かが在る

こういうオムニがあったら
Eなぁ ってのを
とっくに造ってた
しかも完全手造りで
非の打ち所が無さ過ぎる位
凝りに凝った造り
館長の遺伝子は芽吹いている
これは貰った人間が
全員喜ぶだろうなぁ 笑

借りたブツも
またしかり 
類は友を呼び過ぎている 笑

有難う!!カオル 
大事にするよ
持っているのが自慢だ 笑


そして帰ろうと挨拶している時
アイフィッツ サホちゃんに
たまにゃ遊びに来いって
そのまま車に乗って
羽生まで急遽お泊りしに

三連休の初日で
残り二日間も予定が無かったから
オイ兄さんとも色々話をしたかったし
調度Eです
タイミングって在るね 笑

手厚いおもてなしを受け
濃密に心地よい時間を過ごす
楽し過ぎた代償もでかく
おかげで先週一週間は抜け殻だったが 笑
現実に戻りたくないほど楽しかった

次の日もアースダムにそのままイン
二日間もライヴを堪能

気の置けない仲間や先輩は
本当に大事だ
改めて想うんだよね
最近は特に

サホちゃんオイ兄さん
有難う御座いました!
お世話になりました!
この場を借りて


Cam00045


んで一昨日スタジオ
色々あったけど
結果を出して
次に進もう

アホの坂田師匠の言葉を借りれば
後は 歯喰いしばって寝るだけや(?) だ

まぁ 笑っていられるうちは大丈夫だ
前向いていこう

とりあえず一曲出来あがりそう

生きてる
生かされてる rk2


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07/03/2013

私的 wagplaty history 2

初スタジオは
とりあえずDK'Sのコピー三曲 笑
勿論 造った曲も持っていったが
一回 有り物で感触を掴もうと想ったからだ
というのもパンク、HCが好きなメンバーだけじゃなかったから
gtとdrはHRが好きな奴等だった

そっから毎週、週二回スタジオ

それでバンド名を考えようと
当時のベースKと自身の家で話をした
Kは魚の図鑑を持ってきて
何やら長い名称の魚の名前を付けようと案を出したが
覚えにくい上、パッとしなかった 笑
地味な小さい黒い魚だったのを覚えている

それで自身がたまたま開いたページに
ワグプラティ
という熱帯魚でメダカの一種の名前を見つけた
別名ムーンフィッシュ
尾の容が三日月の様でそう呼ばれるらしい
ワグもプラティも形容詞で
ワグはひょうきんな
プラティは平べったい
言葉に深い意味が無い所が気に入った
そして他のバンドとは
絶対に名前が被らないだろうという事
ネットも無かった時代で固有名詞だから意味も判り難い所
それが何か自身が目指すバンド像にも近かった
(実際ナメリカでもどういう意味だ?って散々聞かれた 笑)

この時期自身の廻りでは
バンド名に凄い意味付けをしたり
一生背負っていくなんて
息巻いている奴に限って
すぐ解散したり
何か頭でっかちな奴等が多く
自身は正直 続けられたらEなとは想っていても
他に熱中できる何かが出来たら
それをやるだろうし
やりたくなくなったら辞めると想っていたので
物凄く意味の無い名前が付けたかった
その話をKとし
ワグプラティでEんじゃねぇ
って感じでバンド名を決めた覚えがある 
だから熱帯魚好きでもない 笑

七月の中旬には
今は無き原宿ロスアンジェルスでデヴュGIG
たしか六曲位で全部オリジナル
ライブは五分

これはステレオタイプに奇をてらった訳でもなく
見てる側も集中できる時間て
十五分位が限度だろうという自身の考えと
五分なら見るんじゃねぇかなってのと
この時期三十分位
同じパターンの曲を
延々とだらだらやるバンドが多かったから
短い曲の中でも展開を増やして
真っ当なインパクトが残したいという
そういう考えからそうやっていた

頭でバンド名だけ言って
MCも一切無し
曲も曲間も出来るだけ詰めて
五分でいかに倒れるまでテンションが上げられるか
って所が自身の勝負所だった
その考えの軸は今も基本はそんなに変わっていない

それで初期のライヴでは
決まっていたら次のライヴと
そこに曲の歌詞を載せて配っていた

写真は残ってるのだけど
(マイスペに以前あげてたが
今はマイスペ自体が何故か見れない 笑)
ライン録りのテープは残っていなかった
確かバタついて録り忘れた筈 
二回目のライヴテープが残ってるが
聴くに耐えない 笑

音的には ここから
1stシングルを出すまで
かなりの試行錯誤が続く
それは廻りに好きなかっちょEバンドは居たが
近いお手本は無いから
ずっと手探りの状態だった

今でもそうだが
撮れるなら必ずライヴの映像は撮っている
撮れなければ
ライン録りだけでも録っている
前のライヴが次のライヴの
手本になるからだ

そして
一回目のライヴでリズム隊二人が抜ける
それで逆にバンド名は変えなくてEやって想い
バンド名はそのまま今に至る

その後baに同窓生のにT
drはメン募で知り合ったTという女dr
スタジオに入る内に
gtのOも辞め
ライヴを二、三回位(?)でdr、Tも辞めた

そっからずっとメンバー募集の日々が続く
世間はオルタナ、グランジブーム
自身がやろうとしている事とは非なるもの
お洒落さの欠片も無い剥き身のバンド
メンバーの誰もジャンクと呼ばれる音楽は聴いてないのに
下手だったからだと想うが
ジャンクと言われる事が多かった 
本末転倒である 笑

バンドブームが去った後だから
ライヴハウスも次第と閑散としてくる
ブームは関係ないと想っていたが
余波は意外と在ったのだと
想った記憶が在る

しかし板の上に乗っているバンドは
魅力的なバンドも居て
色んなバンドと繋がっていく

度重なるメンバーチェンジと募集
人間が良く見える
自分から電話してきて
平気で待ち合わせをすっぽかす奴
でかい事ばかり言って
何も練習もしない奴
でかい事ばかり言うから
言った事をやらせてみると
結果何も出来ない奴
皆 口ばかりだった
そして影口ばかり叩かれる
時には何もしていないのに
やってもいない事を
吹いてまわられた
単に足を引っ張る為だけに

皆 言葉に行動に責任が無い
そして自身に人間を見る目も無かったのだろう

そうこうしている内に
メン募で来たgtにY
drに現DIGZIGのdrをやってる女dr、Sが入り
ライヴを少しずつ増やしていった

一瞬のヘルプなんかも入れたら
多分 UK SUBS並みに
元メンバーは沢山居るじゃないかね
まぁ そんなEもんじゃないけどね
当然 うちらは 笑

だから未だにバンド名を変えるつもりも無い
元より意地で中途半端でもバンドを動かしてきたから
今からバンド名を変える方がよっぽど中途半端だ
と個人的に想うからだ
元よりバンドのベクトルが他とは違ったとこから始まっているから
そういう事を考える順番も違ってくるのは当然だと想っている

最初からメンバーが流動的で
メンバーが変わる度に音の変化も必然だと想ってきた
そしてそう実践してきた自負も在る
それに対応出来る様な
音のバックボーンも身に着けてきながらやってきたとも想っている
色んなイレギュラーや
やってきたから判った事なんてのが
非常に大事な事だった
元来 廻りのバンドとは
成り立ちも意識も違う所が多いのだ
そんなバンドが一つ位居てもEじゃない 笑

だけど動かしてきた分
小さいながらも結果もでる
それが意識も状況も変えてきた
苦肉の策では在ったが
自身の持っているイメージは
どうやら一般的ではなかったのだろうから
今想えばこの状況は
必然であったのだろう rk2

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勝手に

roserose,haterのEガヤ兄の日記をリンクしました
つか遅すぎだろうけど 笑
こういうのも時間が在るE点です
自身はいつもタイムリーでは在りません 笑

http://e-gayakonny.jugem.jp/

今後ヒストリにも登場する予定ですが
大昔一年半位ヘルプで大変お世話になった
何かと縁の深い付き合いの長い兄貴です
1st2ndシングルで叩いて貰っています
E想い出ですな

今日も今日とて早朝ゴミ捨てとともに起床
ほんの少しだけ
庭掃除
明日から仕事な為
髭を剃り
今週の弁当を仕込む

一段落したから
ハッシュドポークパスタで朝飯

今日は新曲や歌詞を纏める日
なので想いついていたリフを整理
今弾いてみると
なんかリズムが微妙に違うのは
いつもの事 笑

すんなり出てくる曲の時はEけど
断片同士で詰めていく曲なんかは
その場で一気に造り上げるのが理想だけど
そうも中々いかない
だから時間をかけた良さが出たら御の字

今、造っている新曲の大体の歌詞を乗せるが
後一息な感じ
まぁ 唄っていくうちに纏まっていくパターンだな

今日は一日休肝日の予定だから
集中してやろう

書き溜めていた歌詞の断片は
いつもの如く
ふるいにかけると
少ししか残らない
だけにインパクトや口気持ちよさや
韻の踏み方や前後へのかかり方を熟考する

しんどいが面白い
だから自分らしさが出る

午前中には大体出来たから良しとしよう

降って沸いたこの休みで
滞っていた色んな事を
行動に移したけど
とても有意義だったな
スッキリした

想ったより天気も崩れてないし
気分もE
ちょっと喰い過ぎた感は在るが 笑 rk2

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07/02/2013

補足

昨日より始めたバンドヒストリー
時たま色々質問されるのと
結成から二十年以上経ち
(縮めると実質十年位だが 笑)
一度 振り返って纏めるのもEかなと
年々記憶力は無くなっていくし
振り返って初心に帰る所もあるだろうし
何となく自分のタイミングだったから

まぁそんなに興味が無ければ飛ばせばEです 笑

ひとえに
職場が休みだから
時間だけは在るって
理由が一番かな 笑

昨日は晩に少し喉が痛くなり
晩飯も喰わず
薬を飲んで寝た

おかげで本日六時半には目が覚め
ゴミを出したついでに
ずっと放置していた庭の草むしりなどに手を出す
そう おばあちゃんが田舎で
一人で住んでいる様な一軒家に(賃貸)住んでいる為
小さいながら庭が二つ在る

仕事が激務な為
今年は夏野菜を植え損ねたが
幸いな事に
去年植えたBIGシソが残した種が芽吹き
薬味好きな自身には
多少でも助かる状況に嬉しさがある

ざっとだが 朝一で草むしり
明日は天気が崩れるらしいので
洗濯
風邪薬の効果と草むしりの相乗で
汗をかなりかいたので
朝風呂
そしてついでに風呂掃除

朝飯を何造ろうかと
只今 思案中
まぁ 有り物でしかないんだけど
時間が在って気持ちに余裕があると
意気込みが違う
ゆっくり喰えるしね

ビーフが無いので
ハッシュドポークにしようかな
多少なら弁当にも融通利くし
固形のルーが残ってる

仕事に突発的な休みが多く
最近は変則的
金銭的に余裕が無いので
外にも中々出れない
本当は新大久保にも
首相官邸前にも
色んなライヴにも行きたいのだが
もう少し落ち着いてからだね
ぎっくり腰と
家の更新の余波で
セルフ家庭軟禁になっている 笑

が 色々熟考するにはE機会
歌詞と曲は色々纏めている

元々家に居るのは苦痛ではない
自称 家庭内アウトドア派(?)だから

天気もEし
この休みでやりたかった家事が出来てスッキリ

気持ちは充実している

心の持ちようさ
心の気持ちよさ rk2

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07/01/2013

私的 wagplaty history 1

このブログを立ち上げた時から
三つのやりたい事ががあったが
手間がかかるのと時期と気分と体調によるので 笑
中々手をつけられなかった

その内の一つが
このバンドの自身の私的ヒストリー

カテゴリーもwagplaty historyで
後々まとめて読める様にしました
まぁ日記も平行して書いていくので
どっちも気が向いた時の更新になる予定

あくまでも私的で文責は自身に在ります
記憶違い
解釈違い等は
コメントか自身にメールでも下さい

では第一回を始めてみましょう

序章

1991年
自身は音楽、出版全般の専門学校の音響系の学科に通っていた
山形では約三年バンドをやり
その時はdr
全然 上達しないdr
音は当時Oiやオリジナルパンクや日本のパンク、HCが好きだった
が 全く消化し切れておらず
中途半端なビートパンクといった所だろうか
そのまま1990年にTKYに来て
そこでもそこの同級生や山形から出てきた奴と
バンドを組むが
やはり何か消化しきれず
もやもやしたままdrも全く上達せず
二年で解散

TKYに来て
山形と仙台で買っていた音源の量とは
完全に情報量違い

自身は田舎の山形で民放二局で育ったにもかかわらず
TVは二年間で多分一時間も見ていない
バイトの給料が入ったら
殆どレコード屋か貸しレコード屋
知り合った友人からは
興味のある音源は
片っ端から借りてダビング
その位、音源漁り三昧

特にアメリカのHCの音源など
田舎には中々無い
一気に入ってきた情報量と
やっている事が比例しない苛立ちが
ずっと、つのっていった

田舎育ちだから
手に入る音源は片っ端から聴いた
今想うと恥ずかしいバンドも好きだったし
観に行ったりもした

でも一番最初に観に行ったHCバンドは
ACIDだったりして良かったと想う 
後にクロさんと遊んだりしてたのを
この時期の俺に伝えたい 笑
確かベスト ラン ファースト 下北屋根裏
同級生でメンバーだったヤマちゃんと観に行った

そして他の同級生には(厳密に言えばA、Bクラスに分かれてたが)
まだアーバンテラーに入る前の
キムちゃんが居た

因みに同窓生では
GOでgtだったNも居たりするし
今はDJ TAKAの名で
パンクDJをやっているY君も居た

同級生でも同窓生でもないのに
ハザード ゴチョウとも
この頃に知り合う 
しかも とあるイレギュラーで
道端で 笑

そうこうしている内に
TKYで組んだバンドも解散し
バンドに未練があったりしたが
卒業も間近になり
バンドを諦め
裏方でHCやパンク専門の
レコーディングエンジニアになろうと決め
とりあえずプロのスタジオエンジニアの道へ

キムちゃんがUTに加入しライヴをやっているのを
追っかけつつ
KGS、イドラ、ランニング チキンズ、スラムパイレーツ等
もその頃に観て衝撃を受ける

結果 右脳で考え感覚重視の自身は
機械が巧く理解できず(この辺は今と変わらず 笑)
直属の上司からの執拗なまでの低レベルなイジメで
エンジニアへの道は研修期間込みで約一年で挫折

今想えば、この職場も
考えようによっちゃあ
自身にとって興味深い人達も
出入りしていて
もっと話を聴いとけば良かったと想っている
(松武さんやYMO関連のスタジオミュージシャン、
ドッキリレコードの頃のINUのエンジニア、横浜銀蠅のアシスタント等)

そして某有名ミュージシャンの仕事も多く
何故か気に入ってもらえたりした 笑

そして後で発覚するのが
この自身を嫌っていた直属の上司は
元UTのEガヤさんの同級生だった 笑
(何故 イジメられたかも話聞いて大体判った)

仕事を辞めた日に
事務所を出て
西新宿に向かい
一日五千円という
安い給料なのに
使う時間も無かった為
(朝の十一時から早くて終電近く、
半分位は始発、大詰めだと次の日の夕方帰宅
なんてザラだった)
多少金は有り
(一日で使う金は夕飯のサンドイッチと
帰ってから家で食うレトルト食品代位)
三万円分のレコードを
取り付かれた様に買い漁って帰った

家で戦利品を聴きまくり
就寝後
スタジオの別の上司二人が
夜中に電話をくれ
自身のやってきた事を理解していてくれて
引き止めてくれたが
レコードを買っている時には
新しい自身の想うバンドを組もう
という欲求が湧き上がりすぎて
有り難かったが
丁寧にお断りした

DK'Sの様に
インパクトのあるパフォーマンスと深い音楽性
NO MEANS NOの様な
深過ぎる音楽性に変拍子を多用しつつも
パンク、HC感が失われない感じで
全部 日本語で独自の解釈でやれないだろうか?

そうは想っていても
結果そんなに洗練された容ではなかったけど 笑
そういうイメージで
まだ名も無かった
このバンドはスタートしようとしていた

メンバーをどうしよう
仕事は1992年3月31日で辞め
次の日のエイプリルフールに
専門学校の同級生、同窓生に電話をしまくり
四月二日には
メンバーはとりあえず揃った
gtはO
drはFさん
baはK

自身はdrではなく
日本語の言葉の面白い感じを
唄える唄い手が居なかったから
唄ってみる事にした

そして次の月の中旬には
まだ名も無い其のバンドは
とりあえず
初スタジオに入っていた rk2

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